生物科学研究所研究報告
2024 年 2 月 18 日
辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ
井口豊(生物科学研究所)
Research Report of Laboratory of Biology
February 18, 2024
Non-native fireflies intentionally introduced into Matsuo-kyo, Tatsuno, Japan: the loss of biodiversity
Yutaka Iguchi
Laboratory of Biology
Abstract
Every year many tourists visit Matsuo-kyo (Fig. 1), Tatsuno, Nagano to watch fireflies (Genji fireflies, Luciola cruciata) twinkling. Most of them seem to regard them as natives, but vast numbers of non-native (alien) fireflies were intentionally introduced from the Kansai region and then released into Matsuo-kyo for the purpose of tourism several times in 1960’s (Iguchi, 2003). As a result, the non-native fireflies had a strong impact on native fireflies and made them probably go extinct (Iguchi, 2009).
The Tatsuno town government has already known this bad result, but hesitated to announce it officially. Moreover, the town government has tended not to announce even the fact of the introduction (e.g., see its web page).
Recent research suggests that non-native fireflies are spreading into other areas. However, the town government has not yet tried to protect native fireflies.
Further studies on deformed adults of this species are also needed, because the proportion of deformed males to females may be higher here (Iguchi, 2011).
It does not matter to Tatsuno town officials and politicians whether fireflies are native or not. What is important for them is only to gain tourism income from the fireflies. Also see the web site: Tatsuno, an ecologically polluted town, defiled Matsuo-kyo Sanctuary for fireflies.
Iguchi (2015) lectured on "non-native fireflies in Tatsuno" at Moriyama Firefly Museum located in Moriyama city where Tatsuno town purchased fireflies and brought them into Matsuo-kyo.
This biological and social issue attracted the attention of researchers even outside Japan. For example, Ellen Haugan, a graduate student of the University of Oslo, Norway, came to Tatsuno in 2018 to explore the relationship between people and fireflies in the aspect of cultural entomology and biodiversity conservation. Her experience of staying there led to her master's thesis (Haugan, 2019). Also see the web site: Ellen Haugan from Norway to Tatsuno, Jpan, researching cultural entomology on fireflies.
In 2020, the Tatsuno Firefly Festival ("Tatsuno Hotaru Matsuri") was canceled due to the COVID-19 pandemic.
References
Haugan E (2019) 'Homeplace of the Heart' Fireflies, Tourism and Town-Building in Rural Japan. Master's Thesis of the University of Oslo, Norway.
Iguchi Y (2003) History of the introduction of the Genji-firefly at Matsuo-kyo, Tatsuno-machi, Nagano prefecture. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (Proceedings of the Japan Association for Fireflies Research) 36: 13-14.DOI: 10.5281/zenodo.10674080
Iguchi Y (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.
Iguchi Y (2011) Field observations on adults with deformed elytra in the Japanese firefly Luciola cruciata. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (Proceedings of the Japan Association for Fireflies Research) 44: 1-3.
Iguchi Y (2015) Tatsuno town has been rearing a vast number of non-native fireflies to attract tourists. Study meeting on environmental conservation activities. Moriyama Firefly Museum, Moriyama. 10 October 2015. Lecture in Japanese.
Fig. 1. The map shows Matsuo-kyo where a large number of non-native fireflies were intentionally introduced for tourism several times in 1960’s. Since then, they have been artificially bred. The map is shown using the Digital Japan Web System by the Geospatial Information Authority of Japan.
図1. 辰野町 松尾峡の外来ゲンジボタル移入(現・養殖)地. 国土地理院 電子国土 Web システムによって表示されている。
辰野町に人為的に移入された外来ゲンジボタル
1. はじめに
長野県辰野町松尾峡(上の地図,図1参照)は,昔からホタルの名所として知られ,毎年 6 月にほたる祭り
が開かれている。2020 年以来,このほたる祭り
も新型コロナウイルス感染拡大のため中止や規模縮小を強いられてきたが,2023 年は従来通り開催され, 75 回目を迎えた。
しかしながら,自然保護,生物多様性保全の観点から見ると,移入ホタルの大量養殖(図2)が,いまなお問題として残されたままである。ここは, 1926 年に「ホタル発生地」として,長野県天然記念物に指定され,さらに, 1960 年に再指定された。ところがその後, 1960 年代に,膨大な数のゲンジボタルが他県からの購入や譲渡によって繰り返し何年間も放流された。
図2. 松尾峡の移入外来ホタル養殖場.ほたる祭りに観光客が訪れる.ホタル類に関して言えば,辰野町は意図的に外来種を増殖させ,国内最大級の生態破壊を引き起こしている.
例えば,1961,62年には,滋賀県守山市で購入したゲンジボタル成虫から生まれた30万~40万匹の幼虫を放流している(井口,2003)。
辰野町は,守山市で大量購入したゲンジボタルを養殖し,それが増えると,新潟県南魚沼市の大月ほたるの里に対してホタルの移出もしているのである。 この問題に関しては,2015年10月10日に,守山市ほたるの森資料館において私が講演解説した(井口,2015 および別ページの解説参照 辰野のホタル 町おこしと保護の課題 - 滋賀県守山市・環境学習会)。
現在の松尾峡で多くのゲンジボタルが見られるのは,このような移入事業の結果であり,地元のホタルを保護し増やしてきたというのは観光用キャッチフレーズなのである。
松尾峡は東日本一のゲンジボタル発生地と言われるが,今や「日本最大の外来ホタル養殖地」であり,生物多様性保全の観点からすれば,むしろ恥ずべき場所なのである。
もちろん天然記念物指定以前,つまり観光用放流事業以前は,何万年あるいは,何十万年も前から松尾峡ゲンジボタルの遺伝子を受け継いだホタルが輝いていた。
今の観光客は松尾峡を訪れたとき,イルミネーションのごとく盛んに点滅するゲンジボタルに歓喜する。しかし,そこに元々住んでいた在来(天然)ゲンジボタルの明滅は,もっとゆっくりしたものであり(図3参照),しかも,光っていない時間が,光っている時間の2倍もある(井口,2012;ウェブ解説 辰野の在来ホタル
の Fig.4)。個人的感想を言えば,辰野の在来(天然)ゲンジボタルの明滅には,きらびやかというより,静寂な感じさえ受けるのである。
松尾峡の外来種ゲンジボタルと鴻ノ田の在来種(天然)ゲンジボタルの発光パターンの比較は,fukuokadonax氏によってYouTubeに投稿された動画「辰野の蛍(養殖と天然)」を参考にすると良い。
2019年,辰野ほたる祭りは,71回目を迎える。しかしながら,この長い祭りの歴史の中で,天然ゲンジボタルは,すっかり移入ゲンジボタルにすりかえられてしまったのである。しかしながら,この歴史的・生物学的事実について,辰野町役場も,町議会も語っていないし,歴代町長も何も語らず,何の対策も講じていない。
図 3 は,私や福井工業大学の草桶秀夫教授グループが,松尾峡のゲンジボタルを,その上流 3km の岡谷市,辰野に残っている自然発生地,関西のゲンジボタルのそれぞれと発光周期や遺伝子を比べた研究結果である。移入ゲンジボタルは在来(つまり,松尾峡に本来住んでいた)ゲンジボタルに壊滅的打撃を与え,松尾峡には,すっかり在来ゲンジボタルがいなくなってしまった(日和佳政ほか, 2007; Iguchi, 2009)。
昭和30年代の天龍川水系で、特に岡谷辰野付近では元祖の蛍は生き残ることが出来ず、移入した在る種の蛍のみが生存できた
と主張したYahoo!知恵袋投稿者がいたが,これは辰野町に都合良く解釈した誤解である。今述べたように,松尾峡より上流地域,すなわち諏訪湖に近い岡谷市の天竜川沿岸,川岸地区では,ずっと在来種ゲンジボタルが生息しているのである(ウェブページ: ゲンジボタルの地理的変異と地質学的事件の関連
)。そしてこのような松尾峡周辺地域のゲンジボタル生息状況を調査することもなく,それを増やそうとすることもなく,簡単だからという理由で,観光用に県外ゲンジボタルの移入に頼ってしまった町の歴史がある(井口,2010)。
したがって,現在の松尾峡のゲンジボタルは,生態系に悪影響を与える外来種であり,侵入種(侵略種, invasive species)なのである。侵入種のデータベース Invasive Species Compendium には,松尾峡ゲンジボタルが外来種であることを明らかにした私の論文(Iguchi, 2009)が登録されている。
松尾峡が県天然記念物なのは,ホタル生息地として適している,という意味で指定(生息地指定)されている。しかし,天然記念物指定当時まで生息していた貴重な在来ゲンジボタルは,観光用増殖事業の結果,絶滅してしまったのである。
このような移入種問題では,通常,遺伝的汚染(あるいは遺伝子汚染)と呼ばれる外来種と在来種の交雑が問題になる。しかし松尾峡では,これまで分かっている限り交雑は起きておらず,関西系の移入ゲンジボタルばかりが増えている結果となっている。この点は,2010年に志賀高原(長野県山ノ内町)で開催された全国ホタル研究会・第43回全国大会で,福井工業大学の草桶秀夫教授の研究グループが発表した(日和佳政ほか,2010)。
草桶氏は2010年3月に辰野町を訪れ,外来ゲンジボタル養殖地である松尾峡や在来(天然)ゲンジボタル生息地である鴻の田など町内のホタル生息地を見学した。彼が松尾峡を見たとき,「ここに,あれだけ大量の県外ホタルを移入したら,地元の天然ホタルは,ひとたまりもないだろう」と感想を述べたが,まさにそのとおりだと私も思う。
図 3. 第 43 回全国ホタル研究会全国大会(2010 年,長野県志賀高原)の筆者発表のデータ
辰野(自然)ゲンジボタル生息地は,鴻の田。
辰野町の移入ゲンジボタル養殖に関しては,以下のような問題点が挙げられる。
- 2015年時点,国内最大の移入ゲンジボタル養殖地である。
- 松尾峡下流への移入ゲンジボタルが拡散しているのに,なお増殖を図っている。
- 下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある。
- 町役場が公共事業としてやっている。
辰野のホタル増殖政策を巡っては,過去に,東京都板橋区のホタル飼育施設に,ホタルが欲しいと役場職員が陳情に行って断られるという異常な事態も起きているのである。
さらに大きな問題として,前述したように,新潟県南魚沼市の大月ほたるの里に対してホタルの移出もしているのである。
これらの点を考慮すると,辰野町松尾峡は,国内で最も大きな問題を抱えた外来ゲンジボタル養殖地だと言える。
2010年1月1日から,辰野町では改正ホタル保護条例が施行された。この改正条例には,ホタル採集の事前許可申請の徹底,無断採集者に対する厳罰適用などが盛り込まれた。
しかしながら,数年来,私たちが辰野町役場に提言してきた「移入個体群と在来個体群を区別しての保護」は全く盛り込まれなかった。 役場は,観光用に全体として増えれば,在来ゲンジボタルが減るのも仕方ない,という主張を続けた。
町議会でも,移入された外来種ゲンジボタルへの対応を何も議論することなく,改正保護条例が議決された(平成 21 年第 14 回辰野町議会定例会会議録 14 日目)。
私や草桶氏は,移入ホタル問題に関して、批判的なことばかり言っているだけでは何の進展もないと考えている。それで,私自身として,どのような対策が可能かという提言を辰野町役場におこなってきた。前述のように,移入の事実やその影響については,一部マスコミに報じられたが,提言については全く報じられていないため,以下に概要を記す。
2. 辰野町への政策提言
(1) 移入ゲンジボタルが、移入地である松尾峡から、どの程度拡散しているか調べ,定期的に記録に残す。
これは辰野町に限らず,またホタルに限らず,生態系の変化を歴史に残すという意味で重要なことである。 このような生態調査は,ゲンジボタル保護や利用の現状(祭も含めて)を変えるものではないので,実施しようと思えばできるはずである。松尾峡ゲンジボタルには,羽化不全による奇形が,オスにやや多く見られる傾向がある(井口,2011)。そのような形態異常が増加していないかという観察も必要だろう。
(2) 個体数を増やさない。
最近の松尾峡におけるゲンジボタルの延べ発生数は年 10 万匹くらいだが,これを 3 倍に増やす計画がある(井口,2010)。しかし、増やせば増やすほど,他地域に移入ゲンジボタルが拡散する速さも数も増すものと考えられる。
辰野町内では既に,松尾峡下流地域に移入ゲンジボタルが拡散していることが判明している(日和佳政・草桶秀夫,未公表DNA資料)。
また,辰野町は天竜川最上流部に近く,下流地域には多くの自然のゲンジボタル生息地がある(三石暉弥 1990,ゲンジボタル.信濃毎日新聞社)。それゆえ,松尾峡における大量の移入ゲンジボタル養殖は,将来これら生息地に大きな被害を及ぼす恐れがある。
したがって,最低限でも今より増やさない,さらに、出来るだけ個体数を減らし、どの程度まで減らしても観光に影響しないかアセスメントを行う。
(3) 移入された外来ゲンジボタルを最終的にどうするか検討する。
2008年7月28日の読売新聞夕刊ネイチャー面(13面)には,移入ゲンジボタルが問題となっている(あるいは,なっていた)地域として,辰野とともに,八王子の創価大学蛍桜保存会のホタルが取り上げられた。そして,蛍桜保存会では,移入ゲンジボタルを付近の在来ゲンジボタルに完全に取り替えた(本来の集団に戻した)ことが紹介された(井口,2009)。
この方法は,まさに「昔見たホタルの復活」という利点があるものの,当然のことながら,何年かはホタルがほとんど出現しない状態が続く。この様子は,この読売新聞記事に詳しく載っているので,読んで頂きたい。
蛍桜保存会の取り組みは稀有な例だが,「移入してしまったホタルをどうするか」という事例まで追いかけたのは,少なくとも私の知る限り,この読売の記事しかない。他の例をご存知の方は,是非私に連絡して下さい。
松尾峡の場合,上述のように,延べ10万匹という大量のゲンジボタルが毎年発生し,それが観光資源ともなっている。そのため,蛍桜保存会のような取り組みは,コストの面からも,観光の面からも,不利益が多いと考えられる。したがって,松尾峡のゲンジボタルをこのまま残し,それを活用しつつ,周辺の在来ゲンジボタルに対する影響をどう抑えていくかが重要となる。
例えば,町全体のゲンジボタルを一括して保護するのではなく,移入ゲンジボタルと在来ゲンジボタルを区別して保護し,両者の生息地の間には,あえて保護しない一種の緩衝地帯を設ける。このようにして別々に保護された移入と在来のゲンジボタル集団は,観光客に比較して観賞してもらうこともできる。
以上の提言に関しては,草桶氏もほぼ同意見である。
これらの提言は,外来種ホタルの取り扱いに関するものであるが,生物多様性保全の「負の題材」として,教育現場で取り上げることも考えるべきである。山野井ら(2016)は,辰野町の外来種ホタル移入養殖とその結果を中学校の授業で取り上げたところ,「ホタル放流をするべきではない」という意見が授業後に増えたことを報告している。辰野町こそまさに,このような環境教育をやるべきなのである。
3. 提言に対する辰野町の反応
1の記録に残す点については,辰野町教育委員会が多少なりとも理解を示してくれた。さらに,3の移入と在来の両集団を観賞してもらうという案については,辰野町の信州豊南短期大学の森本健一副学長(当時)と面談したときも賛同を頂いた。
しかしながら,残念なことに,町のゲンジボタルの保護,活用を実際に担当している産業振興課からは全く同意が得られていない。したがって,以上のような提言は検討課題にもなっていないのが現状である。
その理由のひとつとして,また最大理由として,これまで長期間,辰野町が移入の歴史に触れずに,自然のゲンジボタルを保護し増やしてきたかのように宣伝し,観光に活用してきたという事情がある。
観光客に対してだけでなく,大学生が卒論で辰野町のホタル保護状況を調査した際にも,外来種ホタルで町おこしを図っていることを伝えなかった(地域ぐるみによるホタル保全活動の促進に関する研究(滋賀県立大卒論))。
辰野町役場は,「 ゲンジボタル移入は松尾峡だけであり,そこから町内他地域に人為的に移出しなかったから,周辺の在来ゲンジボタルには影響しない」,と言い続けてきた。
しかしこれは,ゲンジボタルの移動性や辰野町の自然(地理的位置,水系や水田分布)を考えると明らかな誤解であり,長い目で見ると周辺の在来ゲンジボタルに影響すると考えるべきだった。実際,移入ゲンジボタルが下流地域へ広がっていることは前述の通りである。
4. 生物多様性保全に違反する辰野町の現状と望まれる将来像
1993年に,生物の多様性を包括的に保全し,生物資源の持続可能な利用を行うための国際的な取り決めとして,生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)が発効された。わが国も同年には本条約を締結しており,それを受けて,2008年6月6日には,生物多様性基本法が公布施行された。
国としてのこの方針に応じて,長野県でも長野県生物多様性概況報告書(長野県環境保全研究所,2011)が2011年に作成され,辰野町の移入ゲンジボタルも取り上げられた。そして,
辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある
(p.55–56)
と記載されたのである。
生物多様性保全の観点から見た,辰野町における外来種ホタル養殖問題は,第5回信州ホタル保護連絡会(長野県男女共同参画センター,2009年8月23日)でも取り上げられ,私が講演した(井口,2009)。この会議の様子は,,長野日報 2009年8月24日1面で紹介された。
(第三条 3) 生物多様性を保全する予防的な取組を行い,事業等の着手後においても生物多様性の状況を監視し,その監視結果に科学的な評価を加え,これを反映させなければならない。
(筆者要約)
(第五条) 地方公共団体は、基本原則にのっとり、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関し、国の施策に準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。
(筆者要約)
(第二十四条) 国は、学校や社会における生物多様性に関する教育の推進、専門的人材の育成、広報活動の充実などにより,国民の生物多様性についての理解を深めるよう必要な措置を講ずる。
(筆者要約)
(第二十七条)
国の施策に準じた施策の推進を図る。
(筆者要約)
さらに環境省は生物多様性国家戦略2010を打ち出し,外来種の侵入防止・駆除・管理などに関して,国全体としての対策を示している。
外来種とは,野生生物の本来の移動能力を越えて,人為によって意図的・非意図的に国外や国内の他の地域から導入された生物
辰野町では,役場が移入ゲンジボタルを大量飼育しているにも関わらず,それが在来ゲンジボタルに与える影響の評価もせず,対策も取らず,それどころか移入の事実や弊害を公表さえせず,生物多様性基本法に沿った生物多様性保全の責務を果たしていないのである。同法の趣旨からすれば,辰野町松尾峡は違法状態にあると言える。
動植物の保護や、外来種の駆除が取り上げられている。地域での生態系を含む取組が注目されている。辰野はホタルの町ということでホタルの位置づけは重要な問題
この点に関連して,長野県大町市の牛越徹(うしこし・とおる)市長から,以下のようなメールを頂いた(2010年1月18日)。
辰野町では,ホタル養殖に行政が関与するのであれば,在来種保護は一層重要。解決に時間がかかっても勇気を持って方向を転換すべきだ。
(内容は筆者要約)
私も牛越氏に全く同感である。
移入と在来のゲンジボタル集団を区別するための調査,およびそれらの保護や利用には,地域住民の協力が欠かせない。また,そのためには,在来種保護の重要性を地域住民にPRすることも必要である。これは,黒田大三郎氏(環境省自然環境局参与)が,2010年の第43回全国ホタル研究会全国大会の講演で強調したことでもある。
いずれにせよ,町役場は情報をオープンにし,移入の詳しい経緯を公に明らかにするべきである。
これまで辰野町では,観光用ホタルとしてゲンジボタルが優先されてきた。そのため,観光とは無縁なヘイケボタルやクロマドボタルの生息地であった水田地帯は,いとも簡単に破壊され,ほたる童謡公園として,観光客用駐車場や遊具施設(図4)に変えられてきた(辰野町松尾峡ほたる童謡公園と駐車場による生物多様性喪失)。水田の維持自体は困難な時代なのかもしれない。しかし,そこに生息したヘイケボタル幼虫の何割かは近くに移動させるなどして避難させることが出来たのだが,そのような方策は全く検討されなかった。写真の金属遊具は,わざわざ緑地を潰し,大金(たぶん税金)を投入して,ホタル生息地に建設されたのである。
図4. 辰野町松尾峡ほたる童謡公園の金属遊具施設。写真左側が,ホタル生息水路であり,人が入らないように,縄が張ってある。ゲンジボタル幼虫は,蛹になるために,水路から上陸してくる。そのすぐ脇に作られた自然破壊の象徴的施設である。
ホタルを観光資源として利用すること自体には問題は無いし,私も賛成だ。しかし,生物多様性保護が重視される現在,例えば,「在来種保護の町」として売り出そう,というような創意工夫が,役場にも議会にも全く感じられない。依然として辰野町は環境軽視の古い町作りにとどまっている。
最近では,テレビドラマでも,生物多様性保全の問題が取り上げられるようになってきた。2016年7月8日に放送されたTBSドラマ「神の舌を持つ男」,第1話「殺しは蛍が見ていた」の中で,ホタルの生態保全に関しては,私が監修した(番組終わりの字幕に,名前が出てくる)。ドラマの中で,県外で買ってきた外来種ホタルを地元のホタルと偽って観光資源とする町の姿は,辰野町がモデルとなっている。( ドラマ神の舌を持つ男・殺しは蛍が見ていた,辰野町がモデル)。
新しい時代の潮流に即した「エコタウンモデル」を構築するためには,ホタルを単なる見世物とするのでなく,それも見に来る人々に生物多様性保全を学んでもらい,意見を言ってもらうような仕組みを考えるべきだろう。そのようなエコタウン作りに,町外,県外から多くの人々に参加してもらい,ホタルが舞う時期以外にも,町を訪れてもらう仕組みを考えるべきである。
かつて朝日新聞オピニオン面「私の声」欄において,村上(2009)は,遺伝子汚染をもたらす安易なホタル放流に警鐘を鳴らした。さらに村上(2011)は,保全生態学の観点から,ホタル移入問題を解決するように訴えた。しかし残念ながら,全国ホタル研究会第44回岡山県かがみの大会(2011年)において,村上が,「役所にこの問題への対策を求めても無駄」と述べていたのが,辰野町の現状である。外来種ホタルで人を集め,外来種ホタルで金儲けをするという発想を,いつになったら辰野町は転換するのだろうか。
最近では,辰野町の外来種ホタル養殖問題は,海外からも注目されるようになってきた。今年6月に,ノルウェー・オスロ大学の院生, Ellen Haugan さんがホタルと日本文化のかかわりについて調査するために来日し,辰野にも滞在した(Ellen Haugan さん(ノルウェー・オスロ大,院生)来日,辰野のホタルと文化についてインタビュー)。彼女もまた,ホタルによる町おこしと,それに伴う外来種ホタルによる生物多様性破壊の関連に注目している。ホタルのような昆虫を文化的な側面から研究する学問を文化昆虫学(Cultural entomology)と呼び,ホタルに対する日本人の感情が,外来種移入問題を引き起こしているとも言える。ホタルの文化的な価値を尊重しながら,生物的な多様性を保全していく姿を,ホタルの里・辰野町が率先して見せるべきである。
5.北海道沼田町の移入ゲンジボタル
北海道には本来ゲンジボタルが生息してないが,沼田町には辰野町同様に,人為的に移入したゲンジボタルが生息する。そのため,北海道外来種データベース(ブルーリスト)では,ゲンジボタルはC群に分類されている。C群とは,生態系への影響が懸念される外来生物である。
北海道庁は本種を規制対象として検討し始めており,もしそうなれば,町への影響は大きい,町関係者は困惑している
しかしながら,沼田町のゲンジボタルもまた外来種であり,生物多様性基本法に則って,北海道庁の規制検討は当然の対応なのである。
町と専門家らが蛍との関わりを協議する場の設置を求める
一方,これとは全く対照的なのが辰野町の場合である。歴代の町長は,外来種ホタルに何ら対処することなく,対処しようという発想さえ持たなかった。「町おこしの道具」として,ホタルが経済的利益をもたらせば何でも良いという考えであり,それが今日まで続いている。
生物多様性保全という現代的課題に直面してなお,アナクロな(時代錯誤の)体質を保持し,いつまでたっても変われない,悪弊に囚われた辰野町の姿がここにある。
6.上高地の移入ゲンジボタル
長野県松本市にある著名な観光地・上高地に生息するゲンジボタルも,辰野町松尾峡と同じく,県外から持ち込まれた外来種である(日和佳政ほか 2010; 上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って)。しかも,松尾峡と上高地のゲンジボタルは,遺伝的に同系統の西日本型サブグループ3の人為的外来種であることが判明している(日和ほか 2010)。
このうち,上高地のゲンジボタルについては,2014年になって,環境省は駆除を検討し始めている(朝日新聞 2014年4月10日; 信濃毎日新聞 2014年04月09日)。
一見,何の害も与えないように見えるホタルであるが,それが外来種であれば,既存生態系に大きな影響を与える恐れがあり,駆除の対象となりうるのである。松尾峡に観光用に移入されたゲンジボタルによって,本来そこに生息していた在来ゲンジボタルが絶滅してしまったのは,まさにその例である。
7.静岡県の生物多様性保全
長野県の隣県,静岡県でも,生物多様性保全のための行動計画,ふじのくに生物多様性地域戦略
が策定,改訂されている。その改訂版ふじのくに生物多様性地域戦略2018-2027第2章(その1), p.43 では,遺伝的な撹乱の問題
として,特に外来ゲンジボタルの問題を取り上げ,人為的移入とそれによる生態系の被害を指摘しており,資料編の参考文献
には,日和ほか(2008)と井口(2009)が挙げられている。
参考文献
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日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010) 遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法.全国ホタル研究会誌 43: 27-32.
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村上伸茲(2011)ホタル移植指針課題への取り組み — 市民活動団体への呼びかけのために—.全国ホタル研究会誌 44: 27-32.
山野井貴浩・佐藤千晴・古屋康則・大槻朝(2016)ゲンジボタルの国内外来種問題を通して生物多様性の保全について考える授業の開発.環境教育 25(3): 75-85.
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