logo
生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan
Home

上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って

井口豊(生物科学研究所,長野県岡谷市)
最終更新:2024 年 12 月 18 日

PDF version
DOI: 10.5281/zenodo.14513339

外来種としてのゲンジボタル

日本を代表する文化昆虫学者である高田兼太が以下の論文で指摘するように,日本人は異常なほどホタル好きである。

Takada K. (2010)
Popularity of different coleopteran groups assessed by Google search volume in Japanese culture-extraordinary attention of the Japanese to “Hotaru” (lampyrids) and “Kabuto-mushi” (dinastines) (Cultural entomology).
Elytra, 38: 299-306. PDF

そのため,ホタルの人為的移入やその駆除が,テレビの情報番組で取り上げられることもある。

私は視聴できなかったが, TBS テレビ「噂の東京マガジン」(2014 年 5 月 18 日放送)で,長野県のゲンジボタル Nipponoluciola cruciata (以前の Luciola cruciata)生息地 に関して,上高地と志賀高原が報道された。

上高地 夏の風物詩 ホタルを駆除?

その内容は,「上高地ゲンジボタルは 2000 年以降に移入されたが,志賀高原ゲンジボタルは明治時代以前に移入された可能性がある。この時間差が,上高地は駆除,志賀高原は保護という差につながっている」,という説明だったらしい。

しかしながら,この主張は,長野県のゲンジボタルの系統に関して,正確な学術研究情報に基づいていなかった。

もしかすると,「噂の!東京マガジン」の番組作りで,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異について,十分に取材していなかった可能性もある。テレビ朝日サンデースクランブルや同じ TBS の番組でも,「ひるおび!」や「Nスタ」は,私のところに電話やメールで取材があったが,「噂!の東京マガジンン」からは,少なくとも私には何の問い合わせもなかった。これは情報番組ではなく,娯楽番組であるためなのかもしれないが,中途半端な取材で終わってしまった感じである。

環境省・自然環境局・生物多様性センター,あるいは,長野県環境保全研究所に,きちんと取材すれば,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異に関して説明してもらえたと思うし,その文献や研究者などを紹介してくれたはずである。噂の東京マガジンは,これをやらなかったのかもしれない。

福井工業大学の草桶秀夫,長野ホタルの会会長の三石暉弥,そして私(井口豊,生物科学研究所)の研究グループは,長野県内ほぼ全域に渡り, 30 ヶ所以上のゲンジボタル DNA を調べてきた。

その結果,日和ほか(2007, 2010)に示されたように,長野県内のゲンジボタルのミトコンドリア DNA は,ハプロタイプ(haplotype)に基づいて,大きく 3 タイプに分かれることが明らかになった。そのうちの一つが,本来,長野県には存在しない北陸・関西を中心とするタイプなのである(図 1)。

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007)
人工移入によるゲンジボタルの地域個体群の遺伝的構造への影響
全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010)
遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法
全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ

図 1. 北陸,関西と長野県のゲンジボタルの DNA の 3 タイプ

ここで注意してほしいのが,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡の DNA タイプである。志賀高原のゲンジボタルは,県内に広く分布する,いわば長野県在来種であるのに対し,上高地と辰野町松尾峡のゲンジボタルは,本来,県内に存在しない DNA タイプを持つ遺伝的外来種(genetically non-native species)なのである。これに関しては,以下の論説でも指摘した。

外来種ゲンジボタルの生態的悪影響が,初めて国際的な生態保全誌に掲載されたのも,蛍の名所として知られる辰野町松尾峡のケースだった。

Iguchi Y (2009)
The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae)
Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

もちろん,志賀高原のゲンジボタルも,平地(低地)から持ち込まれた可能性までは否定できない。しかし,県内のゲンジボタルの遺伝子構成を考えると,上高地や松尾峡ゲンジボタルは極めて異質であり,それが在来型に悪影響を与える個体群であることは,上記の Iguchi (2009) に示された通りである。

吉川ら(2001)の詳細なDNA研究により,志賀高原ゲンジボタル DNA ハプロタイプ(haplotype) OK1 は,志賀高原の周辺地域である長野市の松代,芋井,下水内郡 栄村と共通であることが判明している。

吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫(2001)
ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの種内変異と分子系統
日本昆虫学会誌 昆蟲ニューシリーズ,4(4): 117-127.

木村ら(2013)の論文 p.33 には,志賀高原ゲンジボタルが自然発生である,と結論されている。

木村和裕・日和佳政・草桶秀夫(2013)
ゲンジボタルの遺伝子解析による人為的放流か自然発生かの判別法
全国ホタル研究会誌 46: 29-41.

さらに,次の図 2 に示すように,井口(2008)により,志賀高原ゲンジボタルの明滅周期は,長野市飯綱高原のそれに類似し,西日本型ゲンジボタルの外来種を養殖する辰野町松尾峡とは明らかに異なることも判明している。

井口豊 (2008)
中部地方におけるゲンジボタルの明滅周期について
全国ホタル研究会誌 41: 43-45.

志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期

図 2. 志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル明滅周期

すなわち,志賀高原ゲンジボタルが長野県在来種であることは,そこが 2008 年に国天然記念物に指定される段階で分かっていた。上高地ゲンジボタルの駆除の是非を問題にするなら,問うべきは,志賀高原との比較でなく,外来種ホタルを養殖し続ける辰野町との比較であった。これに関しては,以下のサイトも参照。

長野県が 2011 年に作成した長野県生物多様性概況報告書にも,辰野町の外来ゲンジボタルについて,「辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある」(p.55–56)と書かれているのである。

「噂の東京マガジン」が,志賀高原ゲンジボタルを問題視する一方で,長野県の報告書にも書かれている辰野町の外来種ホタル養殖地には全く言及しなかったのは,非常に疑問である。

テレビ番組の内容を要約したウェブサイトに,
05/18 13:24 (TBSテレビ[噂の東京マガジン])
上高地・夏の風物詩ホタルを駆除?
というのがあった。

これによると,
「ゲンジボタル(辰野町役場提供)」
となっている。「噂の東京マガジン」が,画像か動画を辰野町役場から提供されたのだろうか?もしそうならば,この番組では,辰野町松尾峡のゲンジボタルが外来種であるという問題が全く看過されてしまった。

上高地の外来種ゲンジボタル駆除を巡っては, 2014 年 8 月 17 日に,テレビ朝日・サンデースクランブル「美しいホタルを駆除へ・夏の風物詩に何が」で,やや詳しく報道された。この番組に,私も出演しコメントしたが,駆除するにしても,しないにしても,他の生物への影響に十分注意してほしい。

なお,この番組関連では,「マジで!?【夏の風物詩】ホタルを駆除する話があるらしい」,というウェブページの内容も興味深い。 Twitter での反応も掲載されている。

Home