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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan
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恐竜とホタルの里・福井県勝山市から辰野町と上高地を考える

井口豊(生物科学研究所,長野県岡谷市)
最終更新:2024 年 1 月 27 日

Katsuyama famous for its dinosaurs and fireflies in relation to alien fireflies in Tatsuno and Kamikochi tourism

Yutaka Iguchi (Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan)
Last Updated: January 27, 2024

Abstract

Katsuyama City, Fukui Prefecture, is famous for its native firefly abundance as well as dinosaur discoveries. The Genji firefly Luciola cruciata is especially noteworthy for its geographical variation in flash pattern. This species is classified into the three ecological types, the fast-flash, slow-flash, and intermediate types, on the basis of the regression of its interflash intervals on air temperatures (Iguchi, 2001, 2010). They are distributed in western Japan, eastern Japan and the Fossa Magna region (central Japan), respectively. This classification has been supported by molecular biological studies (Yoshikawa et al., 2001; Suzuki et al., 2002; Hiyori et al., 2007). In Katsuyama, L. cruciata belongs to the fast-flash type and flashes at 2 s intervals at 20 °C (Fig. 6; Iguchi, 2015). For further information on geographical variation in L. cruciata, see the website: Geographical variation in the firefly Luciola cruciata in relation to geological events

Unfortunately, L. cruciata of the fast-flash type is well known for its magnificent flashing and therefore was intentionally introduced into two tourist spots in Nagano Prefecture: Matsuo-kyo, Tatsuno Town and Kamikochi, Matsumoto City (Fig. 5). Consequently, these introduced fireflies have become invasive alien species in Nagano Prefecture (Iguchi, 2009; Hiyori et al., 2010).

References

Hiyori Y, Mizuno T, Kusaoke H (2007) The influence of an intentionally introduced population on the genetic structure of a native population in the Genji-firefly Luciola cruciata. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 40: 25-27. [in Japanese].

Hiyori Y, Ohata Y, Kusaoke H, Iguchi Y and Mitsuishi T (2010) Identification of the native habitats of alien populations of the Genji firefly Luciola cruciata by DNA analysis. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 43: 27–32. [in Japanese]. PDF

Iguchi Y (2001) Pattern and process of geographical diversification of flashes in the firefly Luciola cruciata in the northern part of Yamanashi Prefecture. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 34: 10–12. [in Japanese]. PDF

Iguchi Y (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation 18: 2119-2126. PDF

Iguchi Y (2010) Temperature-dependent geographic variation in the flashes of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Journal of Natural History 44: 861-867.PDF

Iguchi Y (2015) Flash patterns of the firefly Luciola Cruciata in Katsuyama, Fukui, Japan. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (an annual journal of the Japan Association for Fireflies Research) 48: 18–19. [in Japanese]. PDF

Yoshikawa T, Ide K, Kubota Y, Nakamura Y, Takebe H, Kusaoke H. 2001. Intraspecific genetic variation and molecular phylogeny of Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae) inferred from the mitochondrial ND5 gene sequences. Japanese Journal of Entomology (New Series). 4: 117-127.

Location name in Japanese
Katsuyama City: 勝山市
Fukui Prefecture: 福井県
Nagano Prefecture: 長野県
Matsuo-kyo: 松尾峡
Tatsuno Town: 辰野町
Kamikochi: 上高地
Matsumoto City: 松本市

勝山と大野の恐竜を訪ね,ホタルの里を巡る

福井県勝山市が恐竜で有名なことは,今さら言うまでもない。写真に示すとおり,日本を代表する恐竜博物館である福井県立恐竜博物館もある(図 1)。

福井県立恐竜博物館の正面入り口
図 1. 福井県立恐竜博物館の入り口.

ただし,福井県で恐竜と言えば,勝山市だけでなく,その東隣の大野市も注目される。市の中心部,国道 158 号線沿いの道の駅・九頭竜を訪ねると,下の写真(図 2)に示したような恐竜模型があり,これが 15 分毎に鳴きながら動く。

ちょうどこの道の駅・九頭竜付近には,中生代ジュラ紀から白亜紀の手取層群が分布し,道の駅の北側の山から恐竜化石が発見されている。大野市は,恐竜を含め,市内から発見される化石について,学術・教育・観光の3分野から保全と活用を進めている(大野市和泉地区化石保全活用計画)。

国道158号・道の駅・九頭竜の恐竜模型
図 2. 国道158号線沿い道の駅・九頭竜の恐竜模型.15分毎に鳴きながら動く.

この道の駅で,2014年6月21日に見つけたクロトラカミキリ Chlorophorus diadema kurotora の写真(図 3)も付け加えておく。

福井県・道の駅・九頭竜で見つけたクロトラカミキリ
図 3. 国道158号線沿い道の駅・九頭竜で見つけたクロトラカミキリ Chlorophorus diadema kurotora

話を勝山に戻すと,勝山市はホタルの里として,北陸地方有数のゲンジボタル生息地でもあり,2014年には,勝山市民会館において,第47回全国ホタル研究会が開催された(図 4)。しかし,恐竜に比べると,ホタル生息地としての話題は,未だ全国的とは言えない。

第47回全国ホタル研究会・福井県勝山大会パンフレット
図 4. 第47回全国ホタル研究会・福井県勝山大会パンフレット.

毎年 6 月頃には,勝山市内の至る所でゲンジボタルが観察され,ここは,「ホタルの里」と言っても良い場所である。次の図 5 に示すように,勝山市に生息するゲンジボタルは,北陸・関西タイプの DNA を有している(日和ら,2007,2010).このタイプのゲンジボタルを観光用に長野県に移入したのが,辰野町と上高地である。もちろん,これらは長野県内では異質の遺伝子を持つ外来種である。

長野県と北陸・関西のゲンジボタル DNA の 3 タイプ分布

図 5. 長野県および北陸・関西におけるゲンジボタルDNAタイプ.長野県内には,3 タイプ存在し,そのうち上高地と辰野町松尾峡は移入された北陸・関西タイプである(日和ら,2007,2010).

辰野町では,この外来ゲンジボタルの移入養殖によって,ホタルの名所「松尾峡」に生息していた自然のゲンジボタル(在来種)が滅ぼされてしまった(井口, 2003, 2009, Iguchi, 2009)。そして今や,松尾峡は日本最大の外来種ホタル養殖場となっている。

勝山市の中心部,九頭竜川支流の浄土寺川におけるゲンジボタル発光周期について,井口(2015a)が調べ,1 回の調査ではあったが,回帰分析により,統計学的には,松尾峡ゲンジボタルと同じであることが判明した(図 7)。前述のとおり,松尾峡ゲンジボタルの DNA は関西・北陸タイプなのだから,これは当然の結果である。

辰野町松尾峡と勝山市のゲンジボタル発光周期

図 7. 気温とゲンジボタル発光周期の回帰分析を行うと,勝山市における発光周期は,辰野町松尾峡の集団と同じであることが判明した(井口,2015a).

関西・北陸タイプのゲンジボタルの辰野町への移入については,に,滋賀県・守山市ほたるの森資料館で行なわれた私の講演会でも語られた(井口,2015b)。

ゲンジボタルの DNA や発光周期の地理的変異については,前述のとおり,研究が大幅に進展してきた。しかしながら,形態変異の研究は,まだ不十分である。今坂(2010,2012,2013)によれば,形態学的にも,フォッサマグナ東縁,つまり,関東山地付近で東西に分かれることが判明してきた。特に,雄の交尾器の差異は顕著であり,東西で別種あるいは別亜種となっている可能性も否定できない。中間型の変異も含め,さらなる調査が必要な形態変異である。

また,井口(2007)により,松尾峡を含め,長野県内のゲンジボタルととヘイボタル Luciola lateralis には,レンシュの法則(Rensch’s rule)が当てはまらないことが判明した。しかし,これもさらに全国的にデータを集めて分析する必要がある。

この付近で恐竜が生息していたのは,およそ1億年前だが,ゲンジボタルの3型,すなわち東日本型・西日本型・中間型(フォッサマグナ型)が日本列島で分化し始めたのは,古くても,新第三紀の1000万年前ころからである(井口,2001a,2001b)。つまり,両者のタイムスケールは1桁違う。しかし,福井県を訪れたときは,このような生命史あるいは地球史にも,是非,思いをめぐらせてほしい。

日本ホタル再生ねっと

現在,福井県では,草桶秀夫氏が中心となって,特定非営利活動法人・日本ホタル再生ねっとが,ホタルを含む野生生物の自然保護活動を進めている。同法人が発行する雑誌「ホタル再生」も今年で 2 号となった。

雑誌・ホタル再生

ニュースレターも発行されるようになり,創刊号(2021 年 2 月 17 日)には,これまでの日本のホタル研究者(故人を含む)の紹介がなされ,特に,日本のホタル研究を長年にわたりリードしてきた大場信義氏(2020 年 1 月 31日逝去)への 賞賛と追悼の辞が述べられている。

関連ウェブページ

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参考文献

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007) 人工移入によるゲンジボタルの地域個体群における遺伝的構造への影響.全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010) 遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法.全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

井口豊(2001a) 山梨県北部におけるゲンジボタルの発光パターンと地理的分化の過程.全国ホタル研究会誌 34: 10-12.

井口豊(2001b) ゲンジボタルの明滅周期一気温関係の地理的変異と進化.日本鞘翅学会第14回大会講演要旨,p. 15.

井口豊(2003) 長野県辰野町松尾峡におけるゲンジボタル移入の歴史について.全国ホタル研究会誌 36: 13-14.

井口豊(2006) 長野県辰野町におけるゲンジボタルの明滅周期について.全国ホタル研究会誌 39: 37-39.

井口豊 (2007) ゲンジボタルとヘイケボタルにレンシュの法則はあてはまるか?. 全国ホタル研究会誌 40: 32-34.

Iguchi, Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

井口豊(2015a) 福井県勝山市におけるゲンジボタルの発光パターン.全国ホタル研究会誌 48: 18-19.

井口豊(2015b) ほたるの町 辰野(長野県)でのほたる育成の取組み.守山市ほたるの森資料館 2015年度 第1回環境学習会 講演: 2015年10月10日.

今坂正一(2010) ゲンジボタルの地域変異について.第 1 報. 鹿児島県~群馬県までの 12 地点の変異の計測結果.陸生ホタル生態研究会調査月報 24: 1-18.

今坂正一(2012) ゲンジボタルの地域変異について2.第 2 報.2010 年~2011 年に採集された宮崎県~群馬県までの 11 地点の計測結果.陸生ホタル生態研究会調査月報 39: 1-16.

今坂正一(2013) ゲンジボタルの地域変異について3. 第3報.2012 年に採集されたヒガシゲンジボタル7地点の計測結果と今までのまとめ.陸生ホタル生態研究会調査月報 48: 1-27.

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