生物科学研究所研究報告
2024 年 3 月 11 日
辰野の在来ホタル:辰野に元々住んでいた自然のホタル
井口豊(生物科学研究所)
Research Report of Laboratory of Biology
March 11, 2024
Native fireflies in Tatsuno
Yutaka Iguchi
Laboratory of Biology
Abstract
As mentioned in Non-native fireflies intentionally introduced into Matsuo-kyo, Tatsuno, Japan: the loss of biodiversity
, vast numbers of non-native Genji-fireflies Nipponoluciola cruciata (formerly named Luciola cruciate) were intentionally introduced into Matsuo-kyo, Tatsuno town (Iguchi, 2003, 2010). As a result, the non-native fireflies had a strong impact on native fireflies and made them probably go extinct (Iguchi, 2009).
However, native Genji-fireflies survive at Konota and Watado in this town (Iguchi, 2000, 2009). They belong to the intermediate type (the Fossa magna type). Their type is totally different from that of the Matsuo-kyo population, the Western (slow-flash) type.
In Konota, they live between 865 m and 900 m in altitude alnog the Konota river (Fig. 1).
Iguchi (2012) showed that their interflash interval is about 3 s, including a flash duration of 1 s (Fig. 3). This is the characteristic of the intermediate type (Ohba, 2001).
References
Iguchi Y (2000) Flash patterns of the firefly Luciola cruciata in Tatsuno-machi, Nagano Prefecture. Konchu to shizen (The nature and insects) 35(14): 30-32.
Iguchi Y (2003) History of the introduction of the Genji-firefly at Matsuo-kyo, Tatsuno-machi, Nagano prefecture. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (Proceedings of the Japan Association for Fireflies Research) 36: 13-14. DOI: 10.5281/zenodo.10674080
Iguchi Y (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation 18: 2119-2126.
Iguchi Y (2010) Alien Genji fireflies introduced into Tatsuno Town, Nagano. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (Proceedings of the Japan Association for Fireflies Research) 43: 23-26.
Iguchi Y (2012) The flash pattern of the native Genji-fireflies (Luciola cruciata) in Konota, Tatsuno-machi, Nagano prefecture. Zenkoku Hotaru Kenkyukai-shi (Proceedings of the Japan Association for Fireflies Research) 45: 33-34 (in Japanese) .
Ohba N (2001) Geographical variation, morphology, and flash pattern of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Sci. Rept. Yokosuka City Mus. 49: 45-89.
1. 辰野町・鴻の田
辰野の移入ホタルで解説したように,辰野町松尾峡には,多数のゲンジボタル Nipponoluciola cruciata (以前の Luciola cruciate) が県外から繰り返し大量に移入放流された(井口,2003, 2010)。その結果,松尾峡では天然記念物指定を受けたときの在来ゲンジボタルは絶滅してしまい,系統も発光周期も異なる移入ゲンジボタル集団(周期2秒の西日本型)にすっかり変わってしまったことが判明した(井口,2006; 日和ら,2007, 2010; Iguchi,2009)。しかも,移入ゲンジボタルの拡散は下流まで広がりつつあることがDNAの研究から分かっている(日和佳政,未公表データ)。
しかしながら少なくとも,辰野町東部の山間地域,鴻の田(Fig. 1)には,在来ゲンジボタル集団が残存していることも分かってきた(井口,2006; Iguchi, 2009)。
ここでは,鴻の田川沿いに,標高 865 m から 900 m にかけて在来ゲンジボタルが生息する。
Fig. 1. Location map of Konota in Tatsuno town, Nagano. The map is shown using the Digital Japan Web System by the Geospatial Information Authority of Japan.
長野県 辰野町 鴻の田の位置. 国土地理院 電子国土 Web システムによって表示されている。
鴻の田を下流側(西側)から見た風景を次の Fig. 2 に示す。
Fig. 2. Konota valley, Tatsuno, Japan.
狭く曲がりくねった鴻の田の谷を,下流側から見た風景.
最近,この鴻の田のゲンジボタルの発光パターンを分析し,全国ホタル研究会・第45回大会(鹿児島県 霧島市 霧島国際ホテル)で発表した(井口,2012)ので,その内容を紹介する。
まず,以下の Fig. 3 に,観測されたデジタル発光強度(赤点)の時間的変化を示した。青線は, gnuplot の acsplines オプションを用いて,データをスプラインで平滑化した曲線である。約3秒の周期的な発光パターン(中間型またはフォッサマグナ型と言う)が見て取れるだろう。
Fig. 3. Temporal changes in the relative intensity of flashes in L. cruciata at 20°C in Konota (after Iguchi, 2012).
鴻の田におけるゲンジボタル発光強度の時間的変化. 気温 20℃ (井口,2012より).
次の Fig. 4 には,発光持続時間と無発光時間を取り出したグラフを示した。
Fig. 4. Flash sequence obtained from Fig. 3.
Fig. 3 から得られた発光シーケンス
3秒周期の発光パターンを詳しく見ると,1秒光って,2秒消える,というパターンであることが分かった。つまり,光っていない時間は,光っている時間の2倍もある。これは,大場信義(2001)が示した中間型ゲンジボタルの発光の特徴とも一致した。
この中間型発光パターンの特徴は,第53回全国ホタル研究会 京都大会 (2022年6月3日~5日)でも,私の講演,群馬県富岡市のゲンジボタル発光パターンのビデオ画像解析
の中で言及した。
なお,このグラフは, R の barplot 関数で描いた。これまた余談だが, R で棒グラフの凡例を書く時, barplot 関数の legend.text オプションを使う例がネット上では多く見られる。しかしながら,棒グラフでも legend 関数を用いたほうが汎用性が高いと思われる。この Fig. 4 でも legend 関数を使った。
蛍の名所と言われ続けた松尾峡でも,外来種ゲンジボタルの移入養殖が始まる前,すなわち天然記念物指定される以前には,このようなゲンジボタルが見られたものと思われる。
このようなホタルを大切にし,移入ホタルの影響を受けないような方策が望まれる。しかし,以前述べたように,移入という事実を公にしたくない役場によって,そのような方策の検討すら行われていない。
鴻の田ゲンジボタルは,松尾峡ゲンジボタルように手厚く保護されているわけではない。そのため,写真(Fig. 5 および Fig, 6)のように,3面コンクリート張りの水路に産卵するメスも多い。このような卵は,ほとんど生育しないであろう。
Fig. 5. Female native firely laying eggs on the wall of a concrete drain
コンクリート水路の壁に産卵する雌ゲンジボタル
Fig. 6. Enlarged photograph of Fig. 5.
Fig. 5 の拡大写真
私の解説を受けて,在来種ゲンジボタル生息地を訪れる観光客も現われ始め,YouTubeに動画「辰野の蛍(養殖と天然)」も投稿された。しかし,外来種ホタルによる営利を優先する辰野町では,在来種ホタルの PR を行なっていない(辰野町への政策提言
参照)。
鴻の田から,さらに上流へ向かい,諏訪市・西山地区との境界付近まで来ると,シカ (ホンシュウジカ, Cervus nippon centralis) をしばしば見かける。外来種ホタルの問題だけでなく,シカによる食害の問題も考えさせられる地域である(諏訪市・西山のシカ,接近!)。
2. 辰野町・渡戸
辰野町においては,鴻の田以外にも,横川川沿いの川島(かわしま)・渡戸(わたど)地区(Fig. 7)にも,明滅周期の研究(井口豊, 2000)や DNA の研究(日和ら, 2007)から,鴻の田と同じタイプの中間型である在来ゲンジボタルが残存していることが判明している(Iguchi,2009)。
Fig. 7. Location map of Kawashima, Tatsuno town, where native Luciola cruciata survive. The map is shown using the Digital Japan Web System by the Geospatial Information Authority of Japan.
辰野町 川島の位置図.在来種ゲンジボタルが生息する. 国土地理院 電子国土 Web システムによって表示されている.
もちろん,これは調査時点の話であり,その後,ゲンジボタルを移入したり,他地域の移入ゲンジボタルが侵入してきた場合は,鴻の田でも渡戸でも,純粋な在来集団と言えなくなっている可能性がある。
このような外来ゲンジボタルの意図的または非意図的な侵入がないように対策を採ってほしい,最低限,生態変化の記録を町として残すようにしてほしい,というのが私の要望だが,「そういう対策はやりたくないし,やるつもりもない」というのが,辰野町役場の姿勢である。繰り返すが,辰野町役場は,そのような対策が出来ない,というのでなく,やりたくない,というのである。
在来種ホタル保護に関しては,保全生態学の立場から論じた村上(2011)の論文は大いに参考になる。しかし辰野町にとって,金のなる木ならぬ,金のなる虫であるホタルに関しては,保全生態などという言葉は,馬耳東風であるようだ。
3. 辰野町における各種ホタル分布と美濃帯の地層
松尾峡から横川川流域にかけては,美濃帯と呼ばれる地質帯区分になり,その地層は以前,「秩父古生層」と呼ばれる古生代の地層と思われていた。しかし近年になって,プレートテクトニクス的な研究が進み,これらの地層は,中生代の付加帯(付加コンプレックス)であると分かってきた(大塚,1989)。辰野町で,この地層の中の粘板岩を使って作られる有名な硯が龍渓硯(りゅうけいすずり)である。
横川川の下流~中流の渡戸付近まではゲンジボタルが多く,そこから上流の宿泊施設「かやぶきの館」まではヘイケボタルが相対的に多く生息する。さらに上流の支流「黒沢」の入り口から三級の滝にかけてはヒメボタルの生息地となっている。ここのヒメボタルは必見だが,周辺に人家は全く無く,クマも出るので要注意である。
長野県のヒメボタルの大きさには地理的変異が認められ(三石,2003,2004,2005,2007),その形態データのアロメトリック分析の結果,不連続な二型であることが判明してきた(Iguchi, 2023)。
松尾峡では,毎年6月にホタル発生の見ごろを迎え,多数の観光客が車や電車で訪れ混雑する。一方で,この横川川沿いでは,6月から7月にかけて,下流から上流へと,少しずつ時期をずらせながら,ゲンジボタル,ヘイケボタル,ヒメボタルの発生が見られる。しかし,ここには観光客は,ほとんど来ない。私は,辰野町への政策提言で,養殖による外来種ゲンジボタルだけでなく,在来種のホタルも観光客に見てもらえる仕組みを作るように要望してきた。しかしながら,これは町による外来種ホタル移入養殖を積極的に認めることにつながるため,町役場はこのような提言を拒んでいる。
このように多様なホタル類が見られる要因の一つには,前述の美濃帯の地層に石灰岩が多く含まれることも挙げられる。石灰岩の主成分である炭酸カルシウム CaCO3 は,これらのホタル幼虫の餌となる貝類(例えば,カワニナ Semisulcospira libertina)の殻の主成分でもあるからである。
この美濃帯の地層は,辰野町内では,東は天竜川沿い,ちょうど松尾峡まで分布する。松尾峡から天竜川上流方向,つまり,岡谷方向へと 2 km ほど向かった県道沿いにあるラーメン大学上平出店(現在は営業していない)付近(Fig. 8)で天竜川を見ると,この地層が見られる(Fig. 9)。
Fig. 8. Location map of the Mesozoic slate (red area) of the Mino belt observed in Tatsuno town along Tenryu River. Click the part for the explanations. The map is shown using the Digital Japan Web System by the Geospatial Information Authority of Japan.
天竜川沿い美濃帯の粘板岩の位置図(赤色).その部分をクリックすると説明がある.国土地理院 電子国土 Web システムによって表示されている.
Fig. 9. Mesozoic slate of the Mino belt observed in Tatsuno town along Tenryu River
辰野町と岡谷市境界付近,天竜川沿い美濃帯の中生代粘板岩
松尾峡の松尾峡のホタル養殖場の用水路の底を覗くと,どこから持ってきたかは不明だが,カワニ生育のため石灰岩が敷かれていることが分かる。
このように,ホタルの生態を地球の歴史の一部と考えて眺めると,非常に興味深いものがあり,それもまた「生物多様性保全」の根拠に一部となっている。最近では,生物多様性の基盤となる地形地質の多様性を理解するために,ジオ多様性(geo-diversity)と言う概念も生まれてきていることも知っておくべきである。
参考文献
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井口豊(2010) 長野県辰野町における移入ゲンジボタルについて.全国ホタル研究会誌 43: 23-26.
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井口豊 (2015) ほたるの町 辰野(長野県)でのほたる育成の取組み.守山市ほたるの森資料館 2015年度 第1回環境学習会 講演: 2015年10月10日.
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長野県環境保全研究所(2011) 長野県生物多様性概況報告書.
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大塚勉(1989)美濃帯付加コンプレックスとその形成.構造地質 34: 37-46.
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