生物科学研究所研究報告
2018年10月29日
地域ぐるみによるホタル保全活動の促進に関する研究(滋賀県立大卒論)
井口豊(生物科学研究所)
福神啓太(2009)
地域ぐるみによるホタル保全活動の促進に関する研究
―滋賀県守山市を対象として―
滋賀県立大学環境科学部卒業論文
この論文は,タイトルには,滋賀県守山市を対象として,と書かれているが,実際には,全国の自治体のホタル保全活動の歴史,方法,現状などを丹念に調査して示したものである。 指導した井手慎司教授のウェブサイトから PDF をダウンロードして読めるので,ここで詳細をコメントするより,実際に目を通してもらうのが良いと思う。
私自身の研究を含め,ホタルの生物学的研究は多いが,日本各地のホタル保全活動を調査した研究は非常に少ない。その意味で特筆すべき論文であり,特に生物多様性保全が重視される昨今において,生物研究者にも読んでもらいたい。研究者でなくても,ホタル保護に関心ある方々は,もし全文(93 ページ)読むのが面倒ならば,要旨の部分だけでも読むと良い。
調査対象となった自治体はもちろん,福神自身もホタルを観光と環境のシンボルと捉えていることが分かる。しかし欲を言えば,前述の通り,生物多様性保全が重視される昨今において,この点からの調査考察が欲しかった。 例えば第6章では,長野県辰野町のホタル保護について書いているが,県外からゲンジボタルを大量に移入し,それを養殖して増やし,結果として,地元にいた在来種ゲンジボタルを絶滅に追い込んだことについて全く触れてない。本論文を公表後,この事実を指摘された井手教授が移入を示す論文の一つを追記したのが, p.73 の(注)である。
ただしこの点は,「辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ」や「長野県辰野のホタル再考:観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの」に書いたように,辰野町役場がこれまで外来種ホタル移入を明かさなかったのが実情なので,著者を責めるのは酷かもしれない。しかし, ゲンジボタルには顕著な地理的変異があるため,その移動は全国的にも問題視されており,環境省の調査でも地域個体群維持を損なう懸念が指摘されている(環境庁自然保護局生物多様性センター,2000, 生物多様性調査,遺伝的多様性調査報告書)。
今後,福神氏あるいその後輩が,各地のホタル保護の実態を調査しようとするならば,移入があったかどうか,また単なる「ホタル保護」ではなく,「地域個体群保全」を念頭においているかどうかも是非調べてもらいたい。
2010 年に,名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催された。この条約やそれに対応する生物多様性基本法(平成20年6月6日公布施行)では,種内変異まで含め保護することが重視されている。ホタルを保護する主体が市町村など地方自治体ならば,少なくともこの条約や法律の趣旨を知っているべきである。しかし果たして,彼らが理解しているのかどうか,そんな点を調べる研究もしてほしい。
ちなみに,生物多様性基本法公布施行後,約1ヶ月たって,そのコピーを私が辰野町役場に持っていって見せたところ,ホタル養殖担当者は,このような法律が国会で議論されてきたことも,その内容も,公布施行されたことも全く知らなかった。こんな状況でもホタル保護を長年言い続けた自治体もあったのだ。