生物科学研究所研究報告
2018年10月29日
辰野町松尾峡ほたる童謡公園と駐車場による生物多様性喪失
井口豊(生物科学研究所)
長野県 辰野町 松尾峡は,かつては,自然のホタルの名所として知られ,現在は,観光用の外来種ほたる養殖場となっている。そのすぐ東側には,金属性遊具施設ほたる童謡公園と駐車場が作られ,ほたる祭りには多くの観光客が利用する。
下の写真は,その金属遊具を横から見た様子である。左側が,ホタル生息水路であり,人が入らないように,縄が張ってある。
上の写真は 2014 年に建設されたものだが,以前は,下の写真のようなものだった。
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新たに作り直すのに,荒神山の施設と合わせて,建設費が3千2百万円と LCV ケーブルテレビのニュース(2013 年 11 月 5 日)が報じていた。
童謡公園と駐車場は,それまで水田地帯でヘイケボタル(Luciola lateralis)の生息地であった。ヘイケボタルは冬季間,水が引けた水田地帯で冬眠することが知られている(三石暉弥,1990,ゲンジボタル.信濃毎日新聞社などを参照)。さらに,この場所のあぜ道を初夏に歩くと,クロマドボタル(Pyrocoelia fumosa)に出会うこともあった。これらのホタルは,華やかな光を放つゲンジボタル(Luciola cruciata)に比べて,観光用にあまり役立たない。しかし,その生息地所を潰して成り立った施設が,ほたる童謡公園と駐車場なのである。
この遊戯施設や駐車場が出来る前は,ここが水田地帯であったことは,国土地理院の古い航空写真で見られるので比べてほしい。例えば,以下の航空写真は, 1974-1978 年のものである。
今でも,この施設から道路(観光客が通る道)を挟んだ北側(上流側)の風景を見て欲しい。のどかな田園地帯である。この施設が作られた場所も,以前は,このような風景だった。
童謡公園の遊具施設は,ホタル保護や,ホタル教育研究とは何ら関係ない,文字通り,ただの金属製遊具である。
町に遊具施設を作ること自体には,私は異議を唱えない。しかし,たぶん税金だろうが,数千万ものお金があるのなら,ホタルの町にふさわしい,ホタルの生態に関する教育研究施設を作るべきだろう。観光客や地元の子供たちに金属施設で遊んでもらのではなく,ホタルの生態を学んでもらうことこそ,ホタルの町として重要政策だと思うのだが,そんな考えは全く無いのである。
水田の維持管理は大変だろう。観光客も近くに駐車場があれば楽だろう。さらに,ほたる祭り期間中は有料駐車場となるので,町にとって経済的利益ともなる。ヘイケボタルはゲンジボタルに比べ見劣りし,観光目的に適さないから,死滅しても気にしない人も多いだろう。クロマドボタルなど,見向きもしない人が多数である。
しかしながら,「ホタルの里」,「ホタル保護の町」を標榜するならば,観光客に無理してもらっても,ゲンジボタル以外のホタル生息地もきちんと保護すべきだった。90年代は既に生物多様性保全が重視されていたにも関わらず,ここは経済・観光優先の事業だった。
外来種ホタルを地元ホタルと称して養殖し,観光客集めをする辰野町の姿は,2016 年 7 月 8 日に放送された TBS ドラマ「神の舌を持つ男」,第 1 話「殺しは蛍が見ていた」のモデルにもなった(ドラマ神の舌を持つ男・殺しは蛍が見ていた,辰野町がモデル)。
辰野町における移入外来種ホタルの養殖問題は,生物多様性保全の観点から,第 5 回信州ホタル保護連絡会(長野県男女共同参画センター, 2009 年 8 月 23 日)でも取り上げられ,私が講演した(移入ホタルの何が問題か? 辰野町松尾峡を例として)。この講演を含む,第 5 回信州ホタル保護連絡会の模様は,長野日報 2009 年 8 月 2 4日 1 面で紹介された。