標準偏差に ± を付けるな!: 医療論文に多い?
井口豊(生物科学研究所,長野県岡谷市)
最終更新:2018年11月11日
統計量として,平均と標準偏差を示すのに,平均 ± 標準偏差,あるいは, mean ± sd,と書く例が,時々見られる。特に医療関係の論文に多いような気がするが,気のせいだろうか?
例えば,次の論文。
庄司雅紀・恩田光子・岩出賢太郎・荒川行生 (2015)
降圧剤服用患者におけるお薬手帳の持参割合および手帳シールの貼付割合に影響を及ぼす要因
医療薬学, 41(3), 139-146.
その p. 143 の表 3 や 4 で,マンホイットニー U 検定やクラスカル・ウォリス検定を行なう統計量として,「平均 ± 標準偏差」という記述がなされている。
しかし,よく考えてほしい。通常, ± は,範囲や区間を表すものである。例えば,体温計に, ±0.1 ℃ と書かれていたら,その範囲の誤差という意味だろう。
では,論文や報告書で,平均 ± 標準偏差,と書かれていたら,それは平均の上下に,標準偏差の幅を取った区間に注目せよ,という意味なのだろうか?
しかし,このような範囲を考えても,たいした意義があるとは思えない。実際には,「平均と標準偏差」の意味で, ± 記号が用いられている気がする。
日本語論文では,あまり,この問題が指摘されていないが,海外の論文では,ズバリ指摘しているものがある。
Jaykaran, P. Y., Chavda, N., & Kantharia, N. D. (2010)
Some issue related to the reporting of statistics in clinical trials published in Indian medical journals: A Survey
International Journal of Pharmacology, 6(4), 354-359.
その p. 357 右段
Instead of writing Mean ± SD the better way of representation is Mean (SD)
つまり, ± を使わずに,平均(標準偏差)とするほうが良い,と書かれている。
同様なことは,次の著名な医学統計書にも書かれている。
Altman D. G. (1991)
Practical statistics for medical research
London, Chapman and Hall.
その p.42 の DATA PRESENTATION
It is common to put the SD in brackets after the mean. mean ± SD, as in ‘their mean diastolic blood pressure was 102.3 ± 11.9 mmHg’, should be avoided.
さきほど,「著名な医学統計書」と述べたが,著者 Altman は,日本人にとって, Bland-Altman 分析で良く知られた医療統計学者である。英語版 Wikipedia の Doug Altman,その中の Contributions to statistical education を見ると,本書のハードカバーが 2015 年時点で,5 万部売れたことが分かる。
なお, Bland-Altman 分析を含めた信頼性の評価の手法について,土浦協同病院の倉持龍彦さんが中心となり研究を進めていて,私も協力しており,その第 1 弾が完成している(参照:統計解析を用いた信頼性の評価1. 医工学治療 30,倉持龍彦ほか(2018))。
このような主張は,個人的な著書に留まらない。例えば,米国生理学会(American Physiological Society)の論文執筆ガイドラインにも記されている。
Curran-Everett, D., & Benos, D. J. (2004)
Guidelines for reporting statistics in journals published by the American Physiological Society
Journal of Applied Physiology. 97(2), 457-459
その p. 458 左段を読んでほしい。
The symbol ± is superfluous: a standard deviation is a single positive number. Report a standard deviation with notation of this form: 115 mmHg (SD 10 ).
(SD 10)のように表すべき,と書かれている。
日本の論文でも,平均と標準偏差の表記を改めて考え直したほうが良い。