logo
生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan
Home

生物科学研究所研究報告

医療従事者の手指の芽胞形成菌,興味深い結果の修士研究

河瀬里美ほか(2015)
医療従事者の手指から検出される芽胞形成菌に関する検討
医療関連感染, 8(2), 43-52.

東京の看護師である河瀬里美氏から,約1年前に見せてもらった芽胞形成菌(spore forming bacteria)検出の修士研究(東京医療保健大学大学院)の成果が論文となり,掲載雑誌が送られてきた。

単一施設の病棟看護師 136 名に対して,石鹸流水手洗い 30 秒後,アルコール手指消毒 15 秒を行い,接触培地にて手指の菌を採取,芽胞形成菌(Bacillus subtilis)のコロニー形成単位(colony forming unit, CFU)を計測した研究である。

1 年前にデータを見せてもらった当時から非常に興味深い点が二つあった。ここで,この論文レヴューを兼ねて紹介しよう。

まず第一に,看護師の納豆摂食頻度と芽胞形成菌検出の有無に,有意な関連(Fisher 正確確率,p = 0.004)が見られたことである。下の図に,論文の表 2 のデータをグラフ化したものを示す。

看護師の納豆摂食頻度と芽胞形成菌検出の有無

納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)自体が学名どおり,芽胞形成菌である。しかし,手指を洗浄・消毒後に残存する菌数が,日常生活の納豆摂食頻度に関連するとは,データを見せられた当時から意外であった。今後,精査が望まれる事項である。

もう一つ興味深かったことは,芽胞形成菌の検出数の頻度分布である。次の図は,菌の度数分布(論文の図 5)に対して,私がここで新たにポアソン分布(平均 λ=2.11)を適合させたものである。

芽胞形成菌の頻度分布

見ての通り,ポアソン分布に従わず,かなり多くの菌が検出される人がいて,それに引きずられて,右スソが厚い分布となった。論文でも,石鹸流水手洗い,アルコール手指消毒しても,なお菌が多く検出される看護師がいることを指摘している。

石けん流水による手洗い回数,および,アルコールによる手指消毒回数は,いずれも芽胞形成菌数に対して,相関は認められなかった(r2 = 0.0011, r2 = 0.0032)。

手洗い及び消毒が重要なことは言うまでもないが,菌が多数検出される看護師の共通因子を探ることが今後の課題となるだろう。これは医療従事者のみならず,一般人の手洗いの有効性を考える上でも重要である。

スキンケアやスキントラブルでは,菌検出との有意な関連は認められなかった。ただし,菌を検出しなかった群のほうが,スキントラブルを感じている割合が高く(p = 0.088),両者の関連性も示唆された。

このような興味深い結果を生む研究テーマを与えられた河瀬氏は幸運である。それも指導教授の慧眼ゆえだろう。研究データを早い段階から見せて頂いたことを感謝する。

河瀬氏の今後の研究および実践的成果に期待したい。

Home