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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan
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生物科学研究所研究報告
2025 年 1 月 2 日

ルイヨウマダラテントウと気候温暖化:最終氷期以降の残存種として

井口豊(生物科学研究所)

Report of Laboratory of Biology
January 2, 2025

Effect of Climate Change on the Distribution of Epilachna yasutomii (Katakura)

Yutaka Iguchi
Laboratory of Biology

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ルイヨウマダラテントウの分布:最終氷期の残存種と文化昆虫学
Short review on the effect of climate change on the distribution of the ladybug Henosepilachna yasutomii with a topic of cultural entomology
DOI: 10.5281/zenodo.14586828

1. ルイヨウマダラテントウの分布の特徴

かつて富岡(1986a, b)は,ルイヨウマダラテントウ Epilachna yasutomii がグリーンタフ変動を受けなかった地域の残存種であると考えた。しかし私は,その分布パターンを勘米良ら(1980)の日本列島地質図と対比し,第四紀最終氷期以降の地形や気候変動の影響を受けていると考え,最終氷期以降の残存種だろうと推定した(井口, 1988)。特に,東京西郊型と呼ばれるタイプは,明治時代以降の気候温暖化や社会変化(例えば,ジャガイモ栽培の活発化)の影響を受けているだろうと考えた。

井口(1988)以外にも,片倉(1986, 1988)は,リス氷期あるいはウルム氷期以降の気候変化とそれに伴う地形や植生の変化が,オオニジュウヤホシテントウ群の種分化の要因になっていると推定した。また,佐藤・池本(1999)も,これらのテントウムシの分布規制要因の一つが気温であることを示唆した。テントウムシの食性や分布を探ることで,地球の気候変動の歴史や未来像が見えてきそうで興味深い。

東京西郊型の伊豆半島付近の分布について,もし第四紀中期以前に遡って考えようとするならば,プレートテクトニクスに基づく伊豆半島衝突説(例えば,先駆的研究として Matsuda, 1978)も考慮に入れる必要が出てくる。上記の富岡(1986)の仮説は,生物地理に与えるプレート運動の影響を考慮に入れてないので,この点でも不十分だと言える。

近年,ルイヨウマダラテントウの分布は,長野県から東へ,関東,東北,さらには北海道の一部まで知られている(Kobayashi et al., 2011; Matsubayashi et al., 2017)。長野県内に分布するルイヨウマダラテントウの食性の地域差に関しては,増澤・渡辺(1991)の研究結果が,非常に興味深いものになっている。

なお,ルイヨウマダラテントウを含むオオニジュウヤホシテントウ群のテントウムシの属名には,現在では, Henosepilachna が一般的に用いられる(例えば,中野, 2020; 藤山・片倉, 2018)。

2. テントウムシと日本人

テントウムシと言えば,文化昆虫学者の高田兼太(Takada, 2013)による,尼崎市のケーキハウスショウタニ武庫之荘店の「柚子とホワイトチョコのムース」のテントウムシのトッピング関する論考を思い出す。前述のオオニジュウヤホシテントウ群は,農作物を含む植物の葉を食する害虫として研究されることが多い。一方で,高田が取り上げたテントウムシは,日本人をひきつける「かわいらしさの表象」として,スイーツのデザインに用いられている。テントウムシの研究は,生物学的にも,文化昆虫学的にも,奥深いのである。

関連サイト

参考文献

藤山直之・片倉晴雄 (2018) 日本産およびインドネシア産マダラテントウ類の属名について.昆蟲(ニューシリーズ) 21(3): 197–201.

井口豊 (1988) ルイヨウマダラテントウの分布パターン.昆虫と自然 23(12): 30–32.

勘米良亀齢・橋本光男・松田時彦(編) (1980) 日本の地質.岩波講座地球科学 15: 岩波書店.

片倉晴雄 (1986) オオニジュウヤホシテントウ群の地理的分化とその成因.日本の昆虫地理学(木元新作編),東海大学出版会: 155–163.

片倉晴雄 (1988) オオニジュウヤホシテントウ.文一総合出版.

Kobayashi, N., Kumagai, M., Minegishi, D., Tamura, K., Aotsuka, T., and Katakura, H. (2011) Molecular population genetics of a host-associated sibling species complex of phytophagous ladybird beetles (Coleoptera: Coccinellidae: Epilachninae). Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research 49(1): 16–24.

Matsubayashi, K. W., Kohyama, T. I., Kobayashi, N., Yamasaki, S., Kuwajima, M., and Katakura, H. (2017) Genetic divergence with ongoing gene flow is maintained by the use of different hosts in phytophagous ladybird beetles genus Henosepilachna. Journal of evolutionary biology 30(6): 1110–1123.

増澤利和・渡辺理恵子 (1991) 長野県下に分布するルイヨウマダラテントウ, Epilachna yasutomii, (Coleoptera: Coccinellidae) 数系統の食性比較.環境科学年報,信州大学 13: 75–79.

Matsuda, T. (1978) Collision of the Izu-Bonin arc with central Honshu: Cenozoic tectonics of the Fossa Magna, Japan. Journal of Physics of the Earth 26, Supplement: 409–421.

中野進 (2020) オオニジュウヤホシテントウ群 (Henosepilachna vigintioctomaculata complex) の加害植物と補助的寄主植物. 人間環境学研究 18: 137–165.

佐藤仁彦・池本始 (1999) ジャガイモのマダラテントウ類.植物防疫 53(4): 130–133.

Takada, K. (2013) Ladybug-shaped chocolate on a mousse cake bought at a bakery in Amagasaki City , Japan. Elytra (new series) 3(1): 195–198.

富岡康浩 (1986a) 「東京西郊型エピラクナ」の起源およびルイヨウマダラテントウの食性の地理的変異について.昆虫と自然 21(7): 22–25.

富岡康浩 (1986b) 「東京西郊型エピラクナ」の起源およびルイヨウマダラテントウの食性の地理的変異についてⅡ.昆虫と自然 21(11): 18–21.

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