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生物科学研究所 井口研究室
Laboratory of Biology, Okaya, Nagano, Japan
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生物科学研究所研究報告
2018年10月29日

上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って

井口豊(生物科学研究所)

私は視聴しなかったが,TBSの番組「噂の東京マガジン」で,上高地の外来ゲンジボタルと志賀高原のゲンジボタルについて報道したらしい。

上高地 夏の風物詩 ホタルを駆除?

の報道をきっかけに,上高地ゲンジボタルは駆除で,志賀高原ゲンジボタルは保護というのは,おかしいという主張が,ネット上に現れている。

それは,「上高地ゲンジボタルは2000年以降に移入されたが,志賀高原ゲンジボタルは明治時代以前に移入された可能性がある。この時間差が,上高地は駆除,志賀高原は保護という差につながっている」,というものである。

しかしながら,この主張は,長野県のゲンジボタルの系統に関して,正確な学術研究情報に基づいているとは言えない。

もしかすると,「噂の!東京マガジン」の番組作りで,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異について,十分に取材していなかった可能性もある。テレビ朝日サンデースクランブルや同じTBSの番組でも,「ひるおび!」や「Nスタ」は,私のところに電話やメールで取材があったが,「噂!の東京マガジンン」からは,少なくと私には何の問い合わせもなかった。これは情報番組ではなく,娯楽番組であるためなのかもしれないが,中途半端な取材で言いたい放題,という姿勢はやめてほしい。

環境省・自然環境局・生物多様性センター,あるいは,長野県環境保全研究所に,きちんと取材すれば,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異に関して説明してくれる,あるいは,その文献や研究者などを紹介してくれるはずである。噂の東京マガジンは,これをやらなかったのかもしれない。

福井工業大学の草桶秀夫,長野ホタルの会会長の三石暉弥,そして私(井口豊,生物科学研究所)の研究グループは,長野県内ほぼ全域に渡り,30ヶ所以上のゲンジボタルDNAを調べてきた。いわば,長野県はゲンジボタル詳細研究のメッカと言える。

外来種ゲンジボタルの生態的悪影響が初めて,国際的な生態保全誌に掲載されたのも,辰野町のケースだった。

Iguchi Y (2009)
The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae)
Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

長野県内のゲンジボタルのミトコンドリア DNA は, ハプロタイプ(haplotype)に基づいて,大きく 3 タイプに分かれる。そのうちの一つが,本来,長野県には存在しない北陸・関西を中心とするタイプなのである(図 1)。

北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ

図1.北陸関西と長野県のゲンジボタルの DNA の 3 タイプ

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007)
人工移入によるゲンジボタルの地域個体群の遺伝的構造への影響
全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010)
遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法
全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

ここで注意してほしいのが,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡の DNA タイプということである。志賀高原のゲンジボタルは,県内に広く分布する,いわば長野県在来種であるのに対し,上高地と松尾峡のゲンジボタルは,本来,県内に存在しない DNA タイプを持つ遺伝的外来種(genetically non-native species)なのである。

もちろん,志賀高原のゲンジボタルも,平地(低地)から持ち込まれた可能性までは否定できない。しかし,県内のゲンジボタルの遺伝子構成を考えると,上高地や松尾峡ゲンジボタルは極めて異質であり,それが在来型に悪影響を与える個体群であることは,上記の Iguchi (2009) に示された通りである。

吉川ら(2001)の詳細なDNA研究により,志賀高原ゲンジボタル DNA ハプロタイプ(haplotype)OK1 は,志賀高原の周辺地域である長野市 松代,芋井,下水内郡 栄村と共通であることも判明している。

吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫(2001)
ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの種内変異と分子系統
日本昆虫学会誌 昆蟲ニューシリーズ,4(4): 117-127.

すなわち,志賀高原ゲンジボタルが長野県在来種であることは,そこが2008年に国天然記念物に指定される段階で分かっていた。上高地ゲンジボタルの駆除の是非を問題にするなら,問うべきは,志賀高原との比較でなく,外来種ホタルを養殖し続ける辰野町との比較なのである(長野県辰野のホタル再考:観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの)。

長野県が2011年に作成した長野県生物多様性概況報告書にも,辰野町の外来ゲンジボタルについて,「辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある」(p.55–56)と書かれているのである。

「噂の東京マガジン」が,長野県の報告書にさえ書かれている辰野町の外来種ホタル養殖地を扱わずに,志賀高原を問題視にたのは,辰野ほたる祭りの開催に配慮したのではないか,と勘ぐってしまう。

テレビ番組の内容を要約したサイトに,
05/18 13:24 (TBSテレビ[噂の東京マガジン])
上高地・夏の風物詩ホタルを駆除?
というのがあった。

これによると,
「ゲンジボタル(辰野町役場提供)」
となっている。「噂の東京マガジン」が,画像か動画でも辰野町役場から提供されたのだろうか?もしそうなら,この番組も辰野町の外来種隠しに加担しているに過ぎない。

次の論文 p.33 には,志賀高原ゲンジボタルが自然発生である,と結論されている。

木村和裕・日和佳政・草桶秀夫(2013)
ゲンジボタルの遺伝子解析による人為的放流か自然発生かの判別法
全国ホタル研究会誌 46: 29-41.

さらに,次の図 2 に示すように,志賀高原ゲンジボタルの発光周期は,長野市飯綱高原のそれに類似し,西日本型ゲンジボタルの外来種を養殖する辰野町松尾峡とは明らかに異なる。

志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期

図 2. 志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期

この図 2 は,次の論文から引用された。

井口豊 (2008)
中部地方におけるゲンジボタルの明滅周期について
全国ホタル研究会誌 41: 43-45.

上高地の外来種ゲンジボタル駆除を巡っては, 2014 年 8 月 17 日に,テレビ朝日・サンデースクランブル「美しいホタルを駆除へ・夏の風物詩に何が」で,やや詳しく報道された。この番組に,私も出演しコメントしたが,駆除するにしても,しないにしても,他の生物への影響に十分注意してほしい。

なお,この番組関連では,「マジで!?【夏の風物詩】ホタルを駆除する話があるらしい」,というウェブページの内容も興味深い。 Twitter での反応も掲載されている。

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